金峯山寺 蔵王堂 修験道 役行者神変大菩薩
明治7年(1874年)、明治政府により修験道が禁止され、金峯山寺は一時期、廃寺となり復職神勤しますが、同19年(1886年)に天台宗末の仏寺として復興。昭和23年(1948年)には、蔵王堂(国宝)を中心に、金峯山修験本宗が立宗し、その総本山として今日に至っています。山号は国軸山、宇宙の中心の山という意味を号しています。 詳細はこちら
修験道(しゅげんどう) 修験道は自ら修して、自らその験しを得るところに真髄があるのです。修するとは、役行者の教えの道を修するのであり、験しを得るとは、単に験力や神仏の加護を獲得するではなく、究極は自らの心の高まり(菩提心)を得ることに他なりません。自らの身体でもってそれぞれに体験し、その精神を高めていくというあり方は、ある種、万人に向いた親切な教えであると言えるでしょう。 詳細はこちら
日本の正史『続日本紀』によると役行者は634年(舒明天皇6年)、御所市茅原で誕生.名は小角といい、幼少の頃より葛城山で修行するなど山林修行や苦行の末、金峯山にて金剛蔵王大権現を感得され、修験道の基礎を開かれたと伝えられています. 1100年忌にあたる1799年(寛政11年)に光格天皇より、神変大菩薩(じんべんだいぼさつ)の諡号(しごう)が贈られました。 詳細はこちら